20年ほど前の学会では、学会発表のあとの質疑応答で「重箱の隅をつつくような」質問をして、発表者が答えられないと、「『こんなこと』も知らない人間にこの論件について語る資格はない」というかたちで切り捨てるタイプの学者がときどきいた。
私は彼らのことをひそかに「学者の腐ったようなやつ」と呼んでいた。
「学会」とかいうと、「そういう突っ込みもありでしょ・・・」と訳知り顔をされる方がいるかも知れないが、そういうものではないです。
例えば、映画について発表したとしますね。そのときに、「スカーレット・ヨハンソンがジャッキー・チェンと冷し中華を食べているあの有名なシーンで、ジャッキーのお皿にナルトが何枚載っていたか、あなたは言えますか?何、覚えていない?『こんなこと』も知らない人間に(以下略)」というような言いがかりに取り合う気にあなたはなれますか?
私はなれない。
「重箱の隅」的知識にこだわる学者は「自分の知ってる知識はすべて万人もまたこれを知っているべきものであり、自分の知らない知識は万人にとって知る必要のないものである」ということを不当前提している。
彼らは、どうして自分は自分の知っていることの重要性をオーバーレイトし、自分の知らないことの重要性をアンダーレイトするのか、その非対称の理由についておそらく一度も省察したことがない。
トリヴィアルな知識は豊富であるが、自分の知識についての評価ができない人々を私は「学者の腐ったようなやつ」とカテゴライズし、まとめて火曜日の生ゴミの日に出していたのである。
ところが、ネットというものが登場することの思わぬ副作用として、「学者の腐ったようなやつ」がネット世界に異常増殖してしまった。
これについては町山智浩さんがたいへん切れ味の良い(というかはげしく怒気を含んだ)分析をされているので、ご紹介したい。(なお文中に登場する「唐沢」というのは、私はよく知らないが町山さんがたいへん腹を立てている人の名であるらしい)。
121 名前:無情男[] 投稿日:2008/12/02(火) 15:33:08 ID:W0s8u+Zq
東京で単身赴任してたとき、連休とかにはいつも嫁が来て、家のことなどしてくれていた。
母にも、たまには東京来いよと言ってたんだけど、人混みが苦手だと決して来なかった。
そんな母が脳梗塞で突然死んじゃって、呆然としたまま遺品を整理していたら、
東京のガイドブックが出てきた。
皇居とか、浅草とかベタなところに一杯赤鉛筆で線引いてあって、何度も読み返したらしく
ボロボロになってた。
親父に聞いたら、行きたかったんだけど嫁の方ががいいだろうって我慢してたんだそうだ。
自分は肉が嫌いなくせに、俺の好きそうな焼肉屋とかにも一杯線引いてあって、
俺と一緒に回るのを夢見てたみたい。
俺は、お義理で誘っただけなんだけど、誘われた後は何回も何回も息子が来いと言ってくれたと
喜んでいたらしい。
一緒に行きたかった場所には、俺の名前が書いてあって、それがたくさんたくさん書いてあって…
死に顔を見たときよりも、葬式の時よりもすっごく泣いた。
田舎に戻った今でも、生きてる間に呼ばなかったこと後悔している。
覚えているくらい親しんだテキストを使おう。
すでに、引けるだけ線を引き、思い付く限りの書き込みをし、「血肉になった」と自分では思ってい
るテキストほどいい。
やり終えた後、愕然とすること、請け合いだ。
方法は言うまでもない。
テキストを見て、覚えて、ノートに書き写す。
これだけだ。
注意点がいくつかある。
(1)見ながら写さないこと
一度、テキストを読んで頭に蓄えてから、テキストは見ずに頭にあるものを紙に向かって書き出すこと。
「暗写法」とは「暗唱+書写」のこと
だ。
最初は1センテンスでいい。慣れると1~数パラグラフずつ、やれるようになる。
見ながら写す作業は、慣れて来ると(とくに
「ひたすら」やっていると)、アタマを介さずにできるようになる。いわば自動書記状態になると、折角の内容がアタマをスルーしていくので、これを避けるた
めである。
(2)間違えたところを消さないこと
アタマがつまずいたところは、必ず痕跡を残すこと。
間違いは消さずに、棒線を引いて、書き直す。
写し間違いは、ただ注意不足か
ら生じるだけではない。
テキストの言葉と、自分の言葉との間に起こる軋轢からも生じる。
スムーズに読み進めているときほど、テキ
ストを自分の言葉に変換して(ねじ曲げて)読んでいる。
書き写しの間違いは、それをあからさまにする。
十分に理解していると思っ
ている箇所で、テキストの言葉がねじ曲げられまいと身悶えするのを発見するだろう。
普通なら素通りするような言葉が、信じられないほどの重み
を持ち、思っても見なかった意味と機能を担っていることに気付くのは、こうした箇所においてである。
著者の息づかいを聴き、断定の果ての逡巡
を感じることができるのは、この時をおいてない。
(3)すべてを写す
こと
1冊でも、1編でもよいが、ひとまとまりのテキストの最初から最後までを写すこと。
あるテキス
トを正確に書き写すことは、思うほど容易なものではない。
正確にテキストを「観察」できているか、どれほど「理解」できているか、そしてどのよ
うに「誤解」しているかまで、書写は「映し出す」だろう。
知性を鍛え上げるハード・トレーニングのうち最強のもののひとつだが、なんとか1冊の
古典を写し終えたなら、見違えるほどに変わっている自分に気付くはずだ。
知識を得ることによって知識が無いときの状況がわからなくなるという現象は「Curse of Knowledge」(知識の呪縛)と呼ばれています。
東電の吉田所長、すごく勇気のある決断だけれど、それだけこう、上司に対する断絶というか、「あの人達は無能だ」という確信がすごかったように思える。
管総理の最大の功績って、あの人が誰の目にも明らかな無能であったことなのかもしれない。上司の無能が絶対的なものになって、はじめて部下は、自ら信じる何かに従って最大に動ける。あれが中途半端に能を示す誰かだったら、決断の遅延はもっと悲惨だった。
上に立つ誰かを無能と断じるのってものすごい勇気がいる。対峙している問題が大きければなおさら。上司の無能をかけらほどにでも疑う部下は、鉄火場にあって上司の指示を信頼してしまう。相手の無能に対して、よほど揺るぎない信頼を持っていないと、そうした決断はできっこない。
伊集院光「僕は落語家になって6年目のある日、若き日の談志師匠のやった『ひなつば』のテープを聞いてショックを受けたんです。『芝浜』や『死神』ならいざ知らず、その時自分がやっている落語と、同じ年代の頃に談志師匠がやった落語のクオリティーの差に、もうどうしようもないほどの衝撃を受けたんです。決して埋まらないであろう差がわかったんです。そしてしばらしくして落語を辞めました」
立川談志「うまい理屈が見つかったじゃねぇか」
伊集院光「本当です!」
立川談志「本当だろうよ。本当だろうけど、本当の本当は違うね。まず最初にその時お前さんは落語が辞めたかったんだよ。『飽きちゃった』とか『自分に実力がないことに本能的に気づいちゃった』か、簡単な理由でね。もっといや『なんだかわからないけどただ辞めたかった』んダネ。
けど人間なんてものは、今までやってきたことをただ理由なく辞めるなんざ、格好悪くて出来ないもんなんだ。そしたらそこに渡りに船で俺の噺があった。『名人談志の落語にショックを受けて』辞めるなら、自分にも余所にも理屈つくってなわけだ。本当の本当のところは、『嫌ンなるのに理屈なんざねェ』わな」
図星だった。もちろん『ショックを受けてやめた』ことは本当だし、嘘をついたり言い訳をしたつもりなどなかったが、自分でも今の今まで気がつかなかった本当のところはそんなところかもしれないと思った。10年もの間、いの一番に自分がだまされていたのだから、完全には飲み込めていないけれど。
夏の昼間暑い中、部活の後や仕事の外回りで帰社して、
火照りきって顔を洗う人は結構いると思うが、
実は耳の後ろ、耳と頭部の付け根がラジエターの役割を果たしているようで、
この部分を水にぬらして冷やすと、嘘のように顔全体が涼しくなります。
是非お試しあれ。
495 :おさかなくわえた名無しさん:08/07/06 23:11 ID:OZuf+GiA»490
耳のウラって一番発熱が多い所でもあり、また一番汚れが貯まりやすい
所もである、人の上半身の匂いは大体ココから匂う、コレプチ知識なw
残念ながらそのとおりなんだよな…… だが、落ちる人間は決して頭が悪いのではない。 生活リズム、勉強のリズムを作り出せない人間なんだ。 勉強が出来る出来ないより、そっちのほうが重要ということ。 これから浪人する人はそこを肝に銘じてほしい。精神的なスランプからは、なかなか抜け出すことができない。 根本的な原因は、食事や睡眠のような基本的なことにあるのに、それ以外のところから原因を探してしまうんだ。 by落合博満
27 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日: 2010/03/05(金) 21:31:19.46 ID:mgelUf660
彼との結婚を私(25歳)の父と母は猛反対していました。
彼は昔両親を亡くして、祖父母に育てられていました。
そして4年前祖父が亡くなり、彼は32歳になる今まで84歳の祖母と二人暮しでした。
それが反対の理由でした。
「何も結婚してすぐに介護が目の前にあるような結婚をする事はない」と。
結婚を申し込みにきた彼と彼の祖母ににもそう言い放ったんです。
その2日後でした。
彼の祖母が置手紙を残していなくなりました。
仕事から帰った彼からの電話で、私達は必死で探しました。
探して探して探して
空が明るくなりかけた頃、彼の祖父の眠るお墓の前に座りこんでいる祖母を見つけました。
歳も歳だったので衰弱し、そのまま即入院になりました。
その事がきっかけで、私の両親も私達の結婚を許してくれ
結婚式はせず、すぐに籍だけをいれました。
もう10年近く前の話です。
祖母は入院後1ヶ月ほどで亡くなりました。
その時の手紙です。
28 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日: 2010/03/05(金) 21:32:10.50 ID:mgelUf660
●●へ(彼の名前)
ばあちゃんは本当に貴方がかわいかった。
貴方のお父さんとお母さんが死んだ時
私のこの先の人生は貴方の為に使っていこうと心に誓いました。
ばあちゃんは年であるしお金もない
何も何も持ってはおりません。
貴方への愛情だけです。
そして貴方はばあちゃんの事をとてもとても大切にしてくれた
とてもとても良い子に育ってくれました
そして人生の伴侶となるべき相手を見付けました。
でもばあちゃんがそれをじゃましているんだね。
幸せになってください。
ばあちゃんは貴方を育てる事が出来た事がとてもうれしいです。
とてもとても幸せでした。
妙子ちゃん(私)と、どうかどうか幸せになってください。